PROFILE --プロフィール

Chronology -- 年譜


本名 倉持房子
血液型A型
1955年5月 5月14日東京都渋谷区鉢山町生まれ
1962年4月 渋谷区立猿楽小学校入学
1962年7月 渋谷区から駒込に転居、豊島区立駒込小学校編入
初めての少女マンガ購入は小学校2年「りぼん」
小学校4年の頃から漫画を描き始める
1968年4月 豊島区立駒込中学校入学 (演劇部、卓球部)
中学1年でクラスメイトの男子に初恋
近所の友人の影響もあり、ストーリー漫画を描き、投稿をはじめる(中3)最初に投稿したのは「なかよし」。愛読誌は「りぼん」だったが、新人育成に力を入れていた「別マ」に投稿した
1971年4月 豊島岡女子学園入学 (コーラス部、英文タイプ)
1972年9月 別マまんがスクール6回目の応募、第52回別マまんがスクール投稿作「メガネちゃんのひとりごと」が金賞受賞し別冊マーガレット10月号にて漫画家デビュー
別マまんがスクール鈴木光明氏が主幹を務めたまんが塾「三日月会」に参加。同会には、倉持知子、和田慎二、市川ジュン、石井まゆみ 他も参加した
美内すずえ先生のアシスタントとして「みどりの炎」「13月の悲劇」などの作品に参加
1974年4月 武蔵野美術大学造形学部入学日本画専攻(イラスト部、漫画研究会)1979年中退
1977年1月 別冊マーガレット1月号-6月号まで表紙を担当
1978年1月 別冊マーガレット1月号から2ヶ月おきに表紙を担当
1978年9月 初の連載作品「おしゃべり階段」連載開始
1985年2月 ファンブック「くらもちふさこの本」発売
1994年5月 「天然コケッコー」連載開始より別冊マーガレットからコーラスに移動
1996年6月 「天然コケッコー」が第20回講談社漫画賞を受賞
2002年1月 1/5-1/20 「くらもちふさこ原画展」天然コケッコーの舞台となった浜田市三隅町の石正美術館にてくらもちふさこ原画展開催
2002年7月 7/25-30 府中伊勢丹マーガレット展にて原画展示
2004年2月 2/4 横浜関内にて人形作家大野季楽氏とのコラボレーション展
2004年6月 コーラス6月号にて、くらもちふさこ・倉持知子 初の姉妹共演
2007年6月 6/30-7/13 「天然コケッコー展」 浜田市石正美術館にて 映画「天然コケッコー」現地試写会開催記念 映画スチール・天然コケッコー原画展示 
2007年7月 7/28 初の映画化作品、映画「天然コケッコー」公開開始 公開記念シネスイッチ銀座にて「天然コケッコー」原画展示(8/17-8/31)
2007年8月 8/24-8/29 「天然コケッコー展ふたたび」 浜田市石正美術館にて 映画「天然コケッコー」公開記念アンコール展示 映画スチール・天然コケッコー原画展示 
2008年2月 2/16-3/30 「少女マンガパワー!」川崎市市民ミュージアムにて 原画展示。以後、各地巡回。
2008年8月 映画「パンダフルライフ」のキャラクタグッズイラストのデザインを担当する
2008年12月 「このマンガを読め! 2009」の第4位に「駅から5分」が選出される
2008年12月 宝島「このマンガがすごい!」2008年最も面白かったマンガランキング・ オンナ編の2位に、くらもちふさこの『駅から5分』がランクイン
2009年3月 第13回手塚治虫文化賞に「駅から5分」がノミネートされる
2009年4月 初の原作付き漫画「新しい靴を買わなくちゃ」ananにて3週連続連載開始
2010年8月 8/14-9/26 「新次元マンガ表現の現在」水戸芸術館にて「駅から5分」の世界を立体抽象化した空間展示。以後、各地巡回。
2011年12月 「花に染む」が第15回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門審査委員会推薦作に選出
2013年4月 4/26-5/6 マーガレット&別マ 創刊50周年展 in 丸の内 色紙・複製原画展示
2013年12月 12/16-1/31「別マ創刊50周年記念展in神保町」色紙・複製原画展示
2014年9月 9/20-10/19 六本木ヒルズ森アーツギャラリー 「私のマーガレット展」に原画展示(ショパン、カサノバ、おしゃべり階段)。以後、各地巡回。
2014年10月 明治大学 米沢嘉博記念図書館 「別マまんがスクールの成立と鈴木光明展」(別マまんがスクール、まんが勉強会「三日月会」主幹)にて、デビュー作品「メガネちゃんのひとりごと」の原画が全頁展示。
2015年6月 αの#1を原作とした、モーニング娘。'15 演劇女子部ミュージカル『トライアングル』公演が開催
2015年8月 国立新美術館 ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展 に「花に染む」展示
2017年2月 「花に染む」が第21回(2017年)手塚治虫文化賞 マンガ大賞 最終候補作に選出される
Chronology Remark Collection

Remark Collection -- 発言集


(憧れの漫画家は?)  少女時代の憧れは西谷祥子先生、大島弓子先生、忠津陽子先生

まんがは小さい頃には少年漫画を読んでたの。「伊賀の影丸」が好きだったんですよ。で、その作者の横山光輝先生に、似顔絵送ったり・・・。「鉄腕アトム」なんかも好きでそれが載ってた「少年」なんてまんが雑誌も読んでたんじゃないかな。それから以後は、水野英子先生や西谷祥子先生なんかの少女まんがも読むようになったみたい。中学生の頃は一条ゆかり先生の作品が好きで、あと忠津陽子先生のとか大和和紀先生なんかも読んでて・・・わりとおとなっぽいタッチの先生方の作品が多かったみたい。

わたしはほんとに絵を描くことが大好きな女の子だったんですよ。いつも席がえのたびにとなりの席になった男の子が、わたしの真っ黒の下じきを見て、「うわっ!!」ってびっくりしていたくらい。もう、何重にも上から鉛筆で絵を描いていて、すきまなくびっしりと真っ黒だったんです(笑)マンガを読むのも大好きで、特に手塚治虫さんの作品などをよみあさってましたね。だからたぶん、わたしはマンガ家になるということを、漠然といつも夢みていて、だれとなにをしていても、どこか心ここにあらずというか。自分の世界を漂っているような子だったんじゃないかなぁ、という気がします。

「私は水野英子先生など少女漫画の原点を作ったような方がポツポツ出てきたころに近所の子供たちと絵を書き始めたんです。少女漫画の新しさにひかれまして。いい気になって漫画でも描いてみようって。遊びの時間の半分くらいは漫画に費やしていました。そのまま続けていたらデビューしてしまった。今その頃のことを思うと、子供時代というのはとっても大切なんですね。とにかくテリトリーが広いでしょ。外で遊びまわったり、学校帰りにどこかへ行ったり。思い出や経験がいっぱいありますよね。経験は何より大切なので、子供の頃のことって本当に宝物なんですよ。私は東京出身で渋谷から駒込、そして荻窪に引っ越して20年弱たつんですが、最近まで別冊マーガレットに発表していた作品(「おばけたんご」まで)の8割方が小、中、高を過ごしたた駒込での経験だったくらいですから。

わたしは、外見もクラスでの存在もかなり地味な子でしたが、内面的には、かなり自意識過乗で、自己顕示欲が強くて、被害妄想が激しい性格でした。目立ちたい気持ちも、内心ではかなり強かったと思います。たしか中学時代に、絵の展覧会で賞を取って、みんなにみんなに評価されて注目を浴びたいって思っていましたから(笑)だから、学校での地味で目立たない現実の自分に満足できず、やり場のない不満や願いが、少しずつ心のなかにたまっていって、結果地味な自分にコンプレックスを感じるようになっていったんですね。でも高三でマンガ家としてデビューし、絵だけでなくマンガという、ストーリー性のあるものを描いて発表するようになっていったんです。やり場のない気持ちのはけぐちというか・・・・・。そしてマンガを描いて自己表現するということのなかで、自分自身の心の奥と向き合って、自分の心をおおう膜をはいでいく方法を覚えていったような気がします。ある意味では、わたしは、そういうコンプレックスなどのマイナスの感情があるからこそそれをエネルギーというか、ネタにしてマンガがかけるんです。幸せいっぱいでモテて悩みもなくて、バラ色の人生を送ってきた人が,そういう世界をそのままマンガに描いたってあんまりおもしろくないと思うんですよ。今は、コンプレックスに満ちた自分のこの性格も、全部マンガのこやしになってよかったよかったと、ひらきなおっているんです。

だから私は「絶対まんが家になるのよ!」って強い意思があったわけじゃなくまんが描くのも投稿するのも楽しくてしょうがないというまま、まんが家になってしまったんです。当時は今より 投稿する人がずっと少なかったから、ほどほどに描ければ載っちゃうんですよ(笑)

ストーリーまんがを、中学3年の時にかいて、それを投稿して、それが一応トビラページの部 分だけ掲載されたんです。努力賞ってのをいただいて・・・。そしたら万年筆かなんか賞品にもら って、それからやみつきに。中3の時、もう一本、ストーリーまんがをかいてるんです。受験まぎわたってのに。かなりマニアチックな作品が多かったみたいですね。

投稿時代はものすごくマニアックなものを描いていまして。デビューしてからも恋愛そのものは描きたいジャンルじゃなかったんですよ。17から18歳のころって、男性に対する気持ちを描いたりするのって、すごく恥ずかしかったので、ついつい友情ものに走ってしまって(笑)。おとめチックっていうのは、すごく新しいものに出会った感覚があったんですけど。自分がその路線を織り交ぜて描くなんて無理だし。自分の世界とははっきり別個だと思ってました。自分の描く世界がまだ全然確立できてないし、ただもう描けるものだけ描くだけだって、要するに・・・・必死でがむしゃらだったんですよ。

投稿して受賞すると自分のカットが本に載りますよね、例えば懸賞で名前が載るとうれしいっていうのと同じような感覚でやっていたものですから、実際デビューの時はまだ趣味的な感じでした。

誰しも女の方には、少女というものに対してイメージするものがあると思うんです。それを忘れている方でも少女マンガを読むことをきっかけに、パッと思い出されるとか。年配の方でも少女マンガを思い出す瞬間があって、何十年も前の少女マンガを手に取る瞬間があるっていうのを想像できるんですよ。それを想像できること自体が、少女のイメージというものが私の中でずっと今のあるというか。そのイメージを抱えていられる間は描けるなぁと思うんですけど。

私のマンガの女の子が着ている服って、たいてい私が持っているのと同じなんですよ。服を見て歩くのって大好きなんです。そのときはマンガに使えそうかなんて考えながら見ているわけ じゃない。単に自分で着たい服を探しているんです。気に入ったものを見つけたら決断は早いですね。すぐ買って、そしてキャラクターに着せちゃうんです。 たまにお店で迷って買わなかった服を、思い出してマンガに使うこともあります。主人公に着せるとその号で何回も描くことになるでしょう。するとその服にすごーく愛着がわいてきて、原稿があがるのを待って、結局買いに行くなんてこともあるんですよ。私の服の好みは大人っぽくも子供っぽくもないから、マンガのキャラクターに着せてもちょうどいいんです。でも、この趣味を保っているのは、日夜(?)服を見て回っているからかもしれませんね。

コギャルに関しては、イヤというのではないけど、単行本が何年間か残るってことを考えますよね。それを考えると「消えてしまうだろうな」っていう部分は、なるべく避けたいんですよ。何年たっても入り込んできてくれるところで止めておきたいんで。目に見えている部分で拒絶されちゃうとこってあると思うんですよ。今でこそ、またパンタロンが流行ってるからいいけどちょっと前までは「何、パンタロンって?」って笑ってた頃があったでしょう?そういう理由で作品を見てもらえなくなったら、悲しいですから。

 (登場人物の着ている服は自分で考えるんですか)いや、いろんな雑誌を見て描きます。今は「オリーブ」って雑誌。あと、自分の服とかを、組み合わせたりしちゃいます。「オリーブ」は、もう手元にないとダメですね。それから、「オリーブ」がない頃は「アンアン」だとか。でも「アンアン」は大人っぽいから、ちょっと参考に見る程度。「MCシスター」も、かなり見てたんですけど、最近なじめなくなってきて、そこに「オリーブ」が、わりこんできたって感じですね。

 (ファッションの流行はまんがに影響しますか) ええ、あります。好みの問題なんですが、戻ってきた流行でも、もう一回描いてみようと思うものと描く気にならないものがありますね。でも今の作品は特にそうですが、あまり先端な服とか書かないようにしてます。昔はファッション雑誌のモデルが着るような奇抜なの着せてたんですが、本は何年も残るものなので何年かたつと「なにこの服?」とか言われて恥ずかしいので定番アイテム的なものを心がけています。

今、ノンノを読んでらっしゃる女の人って、私のちょっと前の作品とかをよく読んでくれた人が 多いみたいですね。そういうかたは、マンガを卒業して、ノンノを読んでいるのかもしれないけど できれば、卒業を延期して、できる限りマンガを読み続けてほしいなって思います。「19歳でマンガ読む年齢じゃあないんですが・・・・」なんて手紙も、よくもらいますが、それじゃあ描いてる ワタシはどうなっちゃうの?

 私の場合は、あまり器用な人間じゃあないですから。雑誌がこうだから、年齢層を上げるとか 下げるとかできないんです。自分が描きたいものが常に中心だから。だから、そのために基本的には読者年齢を無視しているかもしれませんね。ついてきてくれる人だけついてきてください、って。こう言うと、ずいぶん冷たい感じがしますけど・・・・・・(笑)

「タイムテーブル」や「チープスリル」に行き着くまでには、当然今まで描いてきた作品がある わけです。あのようなスタイルが生まれたのは、二十年くらい描き続けてきていろいろなものを描き尽くしちゃったから、という感じがします。キャラクターならおなじようなものでも描けるんですけど、描きかたに関してはそうはいかない。次々と新しいスタイルのものが描きたくなってしまう。読者にとっては関係ないことだと思います。これは私が描いていて飽きないための描き方の問題なんです。ただ、私自身が信じているのは、どんなに絵を変えても、どんなにスタイルを変えても、根本の部分を気に入ってくださっている読者だったら支持してくれるだろうと思ってるんです。

「よくわからないんですけど」という質問に対しては「それはあなたが自由にとっていいんですよ」って答えてあげたい。たとえ自分なりにこういうつもりで描いたという理由があっても、一人一人の読者に説明して回るわけにはいかないですから。

正直に言うと、私、あまり親切な作品は描きたくないんです。推理してくれる読者がすごく好きなんですよ。「わかんないやー」で終わっちゃっても、かと言って「あ、そっかーわかりました。私もそう思います」って言われるのもあまり好きじゃない。どちらにしても受け身じゃないですか。自分で考えてほしいって思うんですよ。

読者の希望に応えるために、自分の感情を抑えてまで描けるかっていうとどうしてもできないんですよ。やっぱり自分がこう描きたいと思ったら、どうしても我慢できない。かわっていっちゃうんです。

マンガを描くのは読者のためじゃなく、やっぱり自分自身のため。非常にワンマンというか、わがままな描き手には違いありませんね。

(これから読者と自分が年齢的に離れていくことはどう思いますか)こだわってないみたいですね。もちろん、今の高校生の学校での生活って私たちの時と、だいぶん違うんですけど、あまりそういう細かい所にはこだわらないというか、深く考えないですね。だから、今までみたいに数は描けないかもしれないけど話の背景とか、キャラクター変えても、ストーリー自体は、同じもの描いてると思ってますからね。これからもたぶん、違う表現のしかたで、同じようなものを描いていくんじゃないかな。

時代性の強いものは避けたいんですが、反対に、興味があるものや新鮮だと感じる素材がプラスされないとうまく描けないんです。

好きなものが多いんですね。ものであったり、人物であったり、時代であったり、好きなものが一つあるだけで、作品意欲につながるエネルギーになる。一番怖いのは、好きなものが無くなった時なんですよね。誰しもみんな趣味とか好きな世界があると思うので、そういうものに素直に”好きだ!”ってやってしまうことが一番大事だなと思っています。

私にとって創作のきっかけで大事なのは、ふとした時の「出会い」なんですよ。必要なもの以外の情報は、私、全部受け身なの。その受け身でいる中で、ちょっと響くものに出会ったら、それが本物だと思うんですよね。

(歌手の谷山浩子氏との対談)  

くらもち:私達の場合、ものをかくこともストレス解消になる。

谷山:そうそう、自分の中の屈折やドロドロした部分をどんどん外に出して、さっぱりした顔でいられる。それを聴いて喜んでくれる人がいるなんて、自分の出したゴミで人が家を建てるようなもの(笑)。

くらもち:全くその通り。拍手したいくらい!私も、自分の中のもやもやした部分がいやでまんがを描きだしてから発散するワザを覚えたっていうか・・・・。

谷山:くらもちさんのまんがって主人公の感情がすごく揺れるでしょ、そこが好きなんです。こういうの描ける人って、自分の感情と向き合っていろいろ格闘するんじゃないかと想像していたんです。

くらもち:落ちこんで抜けられないなんて、しょっちゅう。

谷山:くらもちさん、しめきりはサクサクいけるほうですか?

くらもち:たいてい1日のびますね。編集さんの中にも、原稿が遅れていると「自分が描いちゃいたい」って気持ちがあらわに出てる人もいるし。歌にもしめきりってあるんですか?

谷山:年一枚アルバムを出すことにしているので、レコーディングがせまっていて曲がたまっていない時がしめきりですね。ここ数年、いつもそう・・・。

くらもち:私はラスト6枚がいや!上がりそうで上がらない枚数なんです。自分の気持ちがはやっているからもう上がってるつもりで描くんだけど、手がノタノタしてて終わらない。

くらもち:私は作家として恥ずかしいんですけど、たまに、気に入った作品でも忘れちゃう。もともと本を読み返すってことをしないから、どんなに感動したものでも時間がたつと「あの作品はよかったな」の記憶しか残らない。

谷山:前はあんなに感動したのに、とガッカリするのがイヤだからじゃないですか?

くらもち:そう、最初にうけた感動が繰り返し読むたびになくなってく気がして。仕事でも、あるセリフを使おうとして、つかったかもしれないけどどこで使ったか思い出せないって時は、切り捨てるしかないから苦しい。

くらもち:まんが家やっててよかったと思うのは、がんばったぞって自分で自分をほめてやれることかな。ただ、何も考えず遊び気分で雑誌に投稿しているうちにデビューしちゃって、その後苦労したけど。

谷山:すごく似てます。おんなじ。私も子供の頃あそびでやってたことをいつのまにか仕事にしてて仕事始めてから苦労しました。

くらもち:昔と今じゃ、描く男の人もずいぶん違うし。憧れで描いていた時期と「男の人ってこーなんだ」ってわかってからの落差が激しいかも。

谷山:背ぼねがしっかりしてる感じのキャラクターが多いいですよね。

くらもち:男の形してるけど、半分くらいは自分が入ってると思います。

(三原順氏との対談)

三原:読者としてはフーちゃんの作品のファンなんだけれど、自分が描けなくなっている時には、同業者としては・・・。

くらもち:私も同じ事を考えている、逆の立場で。

三原:”コノヤロー”と思ってしまう部分ある?

くらもち:うん、ある。

三原:しかも、お互い〆切は遅いし、第一ネームがなかなかできないし。

くらもち:そう、おさまる所が同じ。

三原:いざというとき、ネームにぎりぎり迄時間をとる方?それとも絵の時間を考え、ネームの時間を切り詰めるとかいうのは?

くらもち:私は、ネームをぎりぎり迄。

三原:絵を犠牲に?私もそう。

くらもち:それでかなり批判がくるんですよ。

三原:でも実際、背景をかきたくなっても、時間的に、アシさんに頼り、時にはモブシーンまで頼んでしまうんだけど、そこ迄行くと精神的にまいってきて、・・・それなら、ネームをさっさとやればいいのだとはおもうけれど、それができない!

くらもち:できない!

三原:勝手な解釈なんだけど、麻子ちゃんの辿る経過というのは、最初が自分の内的なものをいかに表現してみせるか・・・であり、教師というジャッジを通過しながら受け手と向き合い、やがては狭い意味では、”教師に背いてでも”受け手に働きかけたい・・・と、しかも”どの様に”迄をすでに自覚するに至っている。”ではフーちゃんも多分、描き出す時点で自覚ができているんだ”で、また、コノヤロー!なんですね。

くらもち:ええ?待って!待ってよ。

三原:私は未だに、自分が何を描きたいのか、判らなくなる時がよくあるものですから。

くらもち:いや!それは同じですよ。はっきり言って、自分が何を描きたいのかなんて判らないですね。その場その場”ここで主人公はこうしなきゃならない・・・”とかを組み立てていく内に”こうかな?” と最後、こじつけるような風に収まる様な。私の描き方は割りと行あたりばったりなんです。順さんに言われて”ああ、そうだったのか” って・・・。出来上がったものを見て”そうかなぁ”と納得する部分はあっても、創っている間は我武者羅ですね。でも嬉しいです。そういう風に見てもらえると。

三原:”この位のトーンで描きたい”というシーンがあって、それに合う曲があるとイメージを保つ為、曲をかけ続けることはよくやります。他の音を遮断する意味もかねて。

くらもち:私はその時点ではなく、プロットの段階で音楽を随分聞いて、その雰囲気になった時にワーッとやる方が多いから・・・。”聞きながら”ではないですね。

読めない=興味を惹かれる=知りたい!っていうことが、女性にとっての男性の魅力の1つだと思います。そして、「読めなさ」が読めた瞬間が起承転結の「転」になる。

たとえば25ページの話だったらネームは30ページくらい、みたいに、あえてページ数をオーバーして描きます。そして、下絵の段階で縮めたり伸ばす場所を決める。プロットとネームが一緒のイメージです。でも、下絵とペン入れの間でもけっこうかえちゃうんです。下絵を全部消すこともあります。だからネームを2回やっている感覚なんですね。

つけペンとは相性が悪く、昔から好きな線がかけません。願わくば鉛筆線で印刷して貰いたいくらいです。鉛筆線に1番近いのは硬いペン先。タチカワのGペンとかスクールペン。現時点では、線の太さに強弱がなく安定感があるものが好きです。”天然コケッコー”が、それですね。さらに昔はGペンが主流で、ペンの種類に拘るよりよりも、いかにGペンを上手く使いこなすかということ以外に考えが回らなかったです。また、ペンの種類によって、描くスピードや絵柄も微妙に変わってきます。丸ペンなど細かく描けるものは、書き込み大好きな方には向いていると思います。”駅から5分”がそうですが、最近ではもう少し線を整理したくなっており、再びペン先の変更を検討中です。

私の子供の頃はマンガの全盛期だったでしょう。私、あの時代に生まれて本当に幸せだったと思うんですけど、マンガを描かない子供のほうが不思議だなってくらい、みんなマンガに夢中だったんですよ。普通は大きくなる途中で違う遊びに流れていっていっちゃうんでしょうけど、私は継続してマンガを描き続けてきちゃったんですね。本当にそれだけの話だと思うんですよ。自分としては、すごく自然に入ってきちゃった、と思うんです。

私自身が信じているのは、どんなに絵を変えても、どんなにスタイルを変えても、根底に流れるのは私自身であるということ。根底の部分を気に入ってくださっている読者だったら支持してくれるだろうと思っているんです。

基本的に私、企画屋さんなんですね。友達とパーティやろうというときに仕切りたがりますから。

今の私が唯一しがみついているものは キャラクターなんです。昔からそうなんですけど、毎回100パーセント満足できる話なんてなかなか出てなかなか出てこないものなんですよ。そういうときに、それでも苦しまずに描けるのは、キャラクターが自分で描いていて面白いもの。それならば私は自分でOK出しちゃっていいと思っているんです。

鉛筆って実は、消したら確実にわかっちゃうんですよね。だから、修正がきかず一発勝負な面があるから難しいじゃないですか。でも、好きなんです。で、とうとう「花に染む」8巻のカバーの線画を鉛筆線で描きました!

使用画材

■下書き用
ステッドラー製図用シャープペン0.5HB

■消しゴム
TOMBO MONO

■人物に使うメインのペン
タチカワ・ゼブラスクールペン(輪郭)・丸ペン(顔の内部)

■背景、そのほかの場所を描くとき使用するペン
タチカワ・ゼブラスクールペン、枠線用=パイロットSuperプチ・耐水性(太)

■インク
Dr. Ph. Martin's Black Star India Ink
(ハヤシインクだったのですが、製造中止になった為、これまでのと近いタッチになるものを探しました)

■ベタ塗りに使うもの
Too COPIC画箋筆

■よく使うトーン
レトラセット・IC SCREEN・DELETER・MAXON

■表紙・扉など、カラーを描くときの画材
Too COPIC sketch

■原稿を描くとき上記道具以外に必要なものは?
執筆用眼鏡

■作画時におこなう、ひと工夫があれば教えてください
線画が荒れるので、ペン入れは一気に入れません・・・でも荒っぽいけどw


Chronology Remark Collection